○20230715 身体の不具合と気持ちの掛け違い
「またぜひー」ときた先生のLINEを前に、自分の認識を改めないといけないと思った。
いや、改めた方が絶対に過ごしやすいと。
そしてそれを、自分は嫌がっているわけではない。
「ああこれこれ、この本あなたにあげたんだっけ、貸したんだっけ?」と聞く先生を見て、この本は、私に貸された本であるのだと認識されていないことが分かった。
それにより、あれはその程度の行為であったことが証明される。
寺を歩き、大学までいく間、「これ一口飲む?」と聞くあの質問も、あれもこれも特に意味のないことなのだという雰囲気が漂っているのだ。
それはいい意味でも、そうでない意味でも。
初めて今日、先生の新しい研究室に伺った。
珍しくスーツを着て、少し外までお出迎えに来てくれた。
寺を案内してくれる先生の説明に、少し笑みを浮かべながらハンディファンを持つ私は、聞き入っていた。
「なんですかこの謎の持ち物は」
先生は、このハンディファンが気に食わないらしい。
「力学的にはうちわの方がいいんです」だの、「こんな風の強い日にこれを持ってる人はバカですよ」と冗談ぽく笑いながら言った。
ある程度大学校内を案内してもらった後、研究室へと向かった。
レーズンサンドを小さな差し入れとしてあげた。
明日、エアコンの修理業者が来るらしい。
エアコンの効いていない研究室には冷暗所など存在しなかった。
先生と会う前、家を出る前からもう食欲が湧かなかった。
胃腸薬を飲んだがだめである。
レーズンサンドくらい大丈夫だろうと大きめの一口を入れたら、サンドは私に猛威をふるってきた。
呑気が少し来て、一瞬吐くんではないかと思った。
大丈夫だったが、一気に口に入れてはいけない。
まさかレーズンサンドにやられそうになるとは。
いよいよ、やっぱり病院に行きたいと思った瞬間であった。
これが無ければ、どんなに気楽に先生に会えるだろうか、どんなに気楽に会いたいと伝えられるだろうか、私の不具合よ。
先生とは何を話したか。
自分が話したいことはメモっていた、そこそこ話せたのではないかな、自分の近況だったり、先生の最近などを聞いたりした。
本の話も、これからやろうと思っている英語の勉強の話も。
火水木、いつでも大丈夫ですよと言う先生。
次はカントと英語かな、と先生から言ってきた。
あれはメタメッセージを含んでいるとは思えない言い方であった、さらっとした不純物のない言い方だと感じた。
帰りに、駅が近くなって、「3ヶ月後って感じなのかな」みたいなことを先生が言った。
これにはメタメッセージみを感じた。
「それは忘れてください」と笑う自分は、言葉を発した瞬間にもっと良いメタ返しをできたに違いないと思った。
先生と話していた時は、あんなにもただただ楽しい時間なのに、別れると本当に伝えたかったことはあれではないのに、というような自分が出てくる。
あんなに楽しく話した2人のフレーズを思い出しては、あそこではもっとこんな伝え方をすれば良かっただの考え直すのだ、暗に何かを伝えようとして。
夜のせいなのか分からないが、二つの面で先生と接しているようだ。
これが自分の気分と身体を蝕んでいるのではないか。
だから、認識を改めたい。
その方がきっと、絶対楽であるはずだ。
それができればいいのだが。
今日の夜は、人の思想を諭すように聞き、時に大胆な策を打ってきて、絶妙に自慢を入れてくる、恋愛観が真っ当な人と食事であった。先生と別れたすぐあとに、自分の食欲は戻ってきた。
音楽で食べるって難しいよねという彼。
自分は強がりでもなんでもなく、音楽は趣味ではないと断言した。
自分はそのような認識でやっていないと。
彼にとって、自分らのこれは、負け犬の遠吠えのように聞こえるのだろうか。
みんな音楽と違う職業についていて面白いね、と話す彼の言葉から、微量の何かを感じるのは、考えすぎ故なのだろうか。
モスコミュールを飲んでからはもっとくだけた話になった。
そのレストランは海沿いにあって、綺麗な夜景が見えた。ただの友人の私たちが食べるには勿体ない場所であるのにも関わらず花火なんかも上がってしまった。
美味しく食事をした私たちは、夜の横浜を何の下心もなく歩いた。
帰り際、花火の写真を、すぐ先生に送った。「ロマンてぃっく」と返す先生、なんとも思っていないロマンてぃっくであることが、手に取るように分かった。
メタメッセージなんて、最初から無かったのかもしれない。