nekoyanagi0777’s diary

僕の/私の 脳内メモリー

デューイ

本当にあなたは、一番ここぞという時に現れますね。

 

私がもうだめだ、とわざと思った時には現れません。

 

本当にだめな時に、こんなことがあるから、だからやはり私の人生の恩人なのです。

 

 

 

 

今日の予定は以下であった。

 

チェロの先生とのトリオ合わせを終え、あぁ疲れたと言いながら就活エージェントに試しに相談してみる、そんなスケジュール。

 

トリオの合わせは無事終わり、良い感触も得た。

 

問題はその後の就活エージェントだった。

 

就活のプロに話せば何か糸口が見えるかもしれない、と思ったのが間違いだったのだろう、就活に近道なんて無い。

 

私の話を一部聞き、あなたの志望している業界は合わないんじゃないか、この業界はこんなことがあってこんなことしないといけないんですよと散々言われた。

 

自分の志望しているところは合わないとパキッと言われたから不満、なのか。

 

この人あんまり得意じゃ無い、と思った途端に話すことがたじたじになってしまい、質問と違うことを話してしまった。

 

もう一回質問言いますね、と被せ気味に話された、自分の意向を言うと何故か笑われた。

 

ズタズタの1時間だった。

 

練習室で終わったオンライン面談、抜け殻の自分。

 

この業界はダメだ、とたとえ他人に言われても突き進めばいいのだが、確固とした志望動機が無いのかもしれないという気持ちがそれを妨げている気がしている。

 

目の前にピアノがある、弾く、弾く、数日後の試験。

 

はぁもう無理、とりあえず4階に降りる。

 

出さなきゃいけない課題がある、それを終わらせて帰ろう。

 

課題...課題....試験....コンサート.....。

 

そんなことを思いながらリュックの中身を見る、SPIの分厚い本が目につく。

 

「今日は電車で本を読む気分じゃないよ」、声に出た。

 

今日はだめだ、本当にダメだ、あんなにもやる気があった就活。

 

もうだめだ。

 

リュックからいやいや荷物を取り出していた時、その時、現れた。

 

エレベーターから出てきたあの人は「あ、」と言う。

 

「ど...ど...どうも...!」

 

なんだろうこの疲れ切った、元気のない気持ちに染み渡る、アフロディーテでも降りてきたのか。

 

まさかという喜びと、はぁあなたか...!と、助かったかのような気持ちでいっぱいになった。

 

「あ.....庭園美術館って、知ってる?」といきなりの質問だったから安堵に浸る中

 

「...し...知りません...」、息と共に声がもれた。

 

そこからシュルレアリスムの展示会チケットがどうのと言うからあひるの子のようについて行った。

 

研究室、久しぶりの研究室だ。

 

「誰もいないんですか」

 

「ああそうなんだよ。今までずっと一人だった」

 

「かわいそう」

 

なんだろうこの満ち足りた気持ちは、やはり人生の恩人、なんだな。

 

「これ、本をPDF化してしたためたものなんだけど、いらないんで良かったら好きなの持って行っていいよ」

 

いっぱい本が置いてある棚の下の方から、プリントを出してきた。

 

地震が来たら、おしまいですね」

 

「ははは、これでも整理した方なんだよ」

 

PDF化プリントの選定と共に色々と話した。

 

「あこれこれ、こうやってiPadで本読んでるんだけど」

 

「これ、この前学会で会った人からコーヒーもらって」

 

「あ、今日はなんで学校来てたの?練習?」

 

色々話してくれたのは、本当に気持ちがほぐれて。

 

自分も負けじと質問してみた。

 

「好きなコーヒーなんですか!」

 

「あーコロンビア系ですね。あ、なんかガテマラがどうとか言ってたよね」

 

「そうですね、グアテマラ、ふふ」

 

心地良い時間すぎて、溜息に近い笑みがこぼれる。

 

ああそう、ずっと前から、ずっとずっと前から聞きそびれていたことを聞こうと思って質問を投げかけた。

 

「好きな日本酒、おすすめのは!」

 

やっと言えた、昨年の自分の誕生日から待ち望んでいた質問だ。

 

答えはしっかり返ってきた。

 

しかし。別に好きな日本酒はなんでも良いのだ、なんならその日本酒の名前なんてのはすぐ忘れた。

 

次は何を聞くことにしようかなと考える、救われた今、です。

 

「いやさっきカレー食べてきて満腹なんで、話して休憩してます、はは」

 

満腹じゃなかったらすぐ話を切り上げているか、果たしてそうでないか。

 

なんて色々話しているうち、いっぱいに満ち足りたこの気持ちが、ぽつ、ぽつと丁寧に言葉を置き始めた。

 

「ちょっと元気無くなってたんで、本当にタイミングが良いです、本当に、いつも」

 

「...あそうなの珍しい。タイミングが良い、よく言われます。」

 

「そうですか、ふふ」

 

そんなもんだよな、笑ってすっと報告を終えた。

 

「ま、ゆっくり選定して下さいな」

 

研究室の奥へ、紙コップのコーヒーと共に消えた。

 

本当は剪定なんてのはとっくのとうに終わっているのだ。

 

まぁ今日はこの辺なんだろうと複数のプリントの山を返そうとしたら、「〜〜?」何か聞こえた気がする。

 

「な、なんですか?」

 

「なんで元気なかったんですか」

 

こんな質問、壁越しの質問、なんだろうこの感じ。

 

表情は分からない。

 

「んー」

 

「練習ですか?」

 

「練習はそこそこ上手く行きました」

 

「レッスンですか」

 

「レッスンもなかなか良かったです」

 

「将来のこととか...ですか」

 

「ま、その辺ですね」

 

すると壁からひょこっと出てきたあの人は。

 

ひょこっ、に負けて結局さっきの出来事を話した。

 

「ま、ここの大学のキャリアセンターが一番良いって話ですよ」

 

「なるほどね」

 

すっきりしたかな、すっきりした。いや、とにかく今はこれで良いのだ。

 

「あ、選定終わりました。形見としてこの本とプリントたち頂きます」

 

「ふふ、死んでないんだけどな」

 

「いや、でも私は来年この大学からいなくなるので」

 

含蓄を持たせた。

 

「じゃ、」

 

出来るだけ軽い別れを告げ、研究室を出ようとする。

 

「僕は9時までここにいるんで、何かあったら...」

 

「もう帰りますよ私は、ふふ」

 

もらった本とプリントを抱え、結構疲れていそうなあの人の髭付きの顔を思い出す。

 

好きな恩人、?

 

生まれた時が少しずれていたらな。

 

数冊の本を、SPI入りのリュックに詰める。

 

「帰りはこれを読もう」

 

ワクワクして読んだ。

 

帰りのバス、Twitterで「カレーって学食の?」って呟いた。

 

いつか今日を思い出すために、呟いた。

 

DMが来た。

 

カレーの写真。

 

レストランのカレーかあぁ